大判例

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大阪高等裁判所 昭和51年(う)1422号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山田近之助作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一(事実誤認の主張)について。

論旨は、要するに原判示第一の(一)の事実につき、被告人は服部幸三、谷口真康らと山本善彦に対し共同加害の目的をもつて兇器を準備し集合したことがなく、また同第二の事実につき、被告人には宮田文夫に対し金員喝取の犯意も共謀関係もなく、喝取の実行行為に出たこともないといつて、いずれも原判決の事実誤認を主張するのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査して次のとおり判断する。

一、原判示第一の(一)の事実につき。

原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は暴力団山口組系川崎組組長川崎護から舎弟分の盃を受け、自らも服部幸三、谷口真康の両名を配下に三好組をつくり組長を名乗つていたものであるところ、原判示のとおり中出照次から昭和四九年一二月一六日頃キツクボクシング試合の前売入場券売り捌きの依頼を受けるとともに右試合の興業主山本善彦に対する出資金回収についての相談に与ることになつたが、中出が前売入場券を入手するようになつた事情や出資金返還の取り決め等の点について不明確なところが多かつたため同月一七日に至り直接山本に会い右の事情を確かめようと決意したものであるところ、被告人は当初中出から右のような依頼を受けた際同人から山本が山口組系山健組に所属する暴力団組員であつて同人に出資金の返還を要求しても家をつぶしてやると怒鳴られたことがあると聞かされていたうえ、中出の取次で山本に面会を申込んだ際も山本が「三好がなんぼのものや、玉あげしてやる」と言つていたことを聞かされたため、山本が暴力団組員であつて被告人に対し危害を加える意図を持つているものと解していたこと、そして被告人は中出の案内で山本宅に赴くことにし中出に対し同日午後一一時に原判示中京消防署前に出向くよう指示したうえ、服部、谷口らを伴い普通乗用自動車で右指定場所に赴くことになつたのであるが、その際谷口が被告人から渡された服部所有にかかる実包一発を装填した改造けん銃一丁を、服部が刺身庖丁一本をそれぞれ携行したほか、ガレージ内にあつた長さ約一メートルの鉄棒一本を後部座席に積み込んで右指定場所に赴いたことが認められる。そして右事実関係に照らすと、被告人や服部、谷口が捜査官に対して供述しているように、山本が暴力団組員でありけんかとなればこれに対抗して、共同して同人の生命、身体に危害を加える目的のもとに前記兇器を準備して前記場所に赴いたものであることは明らかであり、右認定に反する原審証人服部幸三、同谷口真康及び被告人の原審公判廷における各供述部分は原判決挙示の各証拠に照らし措信できず、その他所論の点を斟酌しても右認定を左右するものではない。

二、原判示第二の事実につき

原判決挙示の関係証拠によれば、服部幸三、谷口真康の両名は、昭和四九年一二月二四日午前一時五〇分頃京都市内において被告人が貸金の担保にとつていた普通乗用自動車を借用して乗車中、宮田文夫と一緒に通りがかつた同人の連れの男から右自動車の前部バンバー付近を足蹴にされ取付のゴム部分に修理を要しない程度の僅かな表面剥離の損傷を受け、(この点原判決が何ら損傷がないにも拘らずとしたのは妥当を欠くけれども、右は損傷というほどのものはないとの趣旨とも解される。)しかもその男に逃げ去られたため立腹し、右宮田を右自動車に同乗させ原判示佳山ガレージ事務所に連れ込んだこと、同事務所にいた被告人は、服部、谷口の両名から右のようないきさつを聞くや右自動車の損傷部分を確かめないまま服部、谷口の両名とともに右宮田を正座させ所持品を出させたうえ、こもごも同人や連れの住所などを聞き出し、同人が自分は蹴つていないというや谷口、服部の両名が「お前なめとるのか、鼻をへし折つてやろうか」と申し向け谷口が顔面を手拳で一回殴打し、被告人が「車の弁償をすると書け、おとなしく書かんとあかんぞ」と申し向けて弁償金名下に金員の支払を要求したため、畏怖した宮田がその旨を書面に記載し署名押印して被告人に手渡したこと、その後服部や谷口が再三にわたつて宮田方に電話をかけ右金員の支払を要求していたが、被告人も同月三〇日全く根拠がないのに所要修理費は八万六、〇〇〇円であると言つて同金員を持参するよう要求し、原判示日時に原判示今熊野給油所前路上で服部外一名が右宮田から同人の父宮田勇二を介し現金七万五、〇〇〇円の交付を受けるや、これを服部、谷口ほか一名らと分配取得していることが認められる。以上の事実関係に照せば、被告人が所論のように自動車に要求額相当の損傷があり、その損害賠償を得る意思のみでなされたものではなく、服部、谷口の両名と意思相通じ、宮田から右の損害賠償に名を藉り金員を喝取する意図の下に現金七万五、〇〇〇円を受け取りこれを喝取したものであることは明らかであり、右認定に反する原審証人谷口真康及び被告人の原審公判廷における各供述部分は措信できず、その他所論の点を考慮しても右認定を左右するものではない。

してみると、原判決の認定には所論のような事実誤認はなく、論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意第二(請求を受けた事件につき判決をしなかつた違法又は法令適用の誤の主張)について。

論旨は、原判決は罪となるべき事実の第三において、昭和五〇年一二月二三日付起訴状記載の公訴事実第三と同一の被告人は「服部幸三らと共謀して、松山国一、高山虎男、西田秀雄、慶本こと李昌修に対しこもごも同人らの身体各所を殴る蹴るなどの暴行を加え、よつて松山、高山、李の三名に傷害を負わせた」旨松山、高山、李に対する傷害の事実を判示しているが、西田に対しては暴行の事実のみを判示しているだけで傷害の事実の判示はない。そして、法令の適用においては右の事実に対し単に傷害罪についての刑法二〇四条、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号のみを適用しているだけで西田に対する暴行についての同法二〇八条を適用していない。従つて原判決は審判の請求を受けた西田に対する暴行の事件についての判断を遺脱したか、あるいは判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用を誤つた違法があるというのである。

そこで所論にかんがみ原判決書及び記録を調査して検討するのに、昭和五〇年一二月二三日付起訴状記載の公訴事実第三は、被告人は服部幸三らと共謀し、松山国一、高山虎男、西田秀雄、慶本こと李昌修に対し、こもごも殴る蹴るの暴行を加え、よつて松山、高山、李に対しそれぞれ傷害を負わしめたというのであり、罪名、罰条として傷害、暴行、刑法二〇四条、二〇八条、六〇条と記載されているところ、原判決は罪となるべき事実の第三として右と同一の事実を認定しながら法令を適用するにあたり、右の事実に対しただ刑法二〇四条、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号を適用しているだけで暴行のみにとどまつた西田に対する所為についての法令の適用を遺脱した違法のあることは所論のとおりである。

しかしながら、原判決はその判示自体からも明らかなように、西田に対する数人共同による暴行の事実を認定しているのであるから、原判決が審判の請求を受けた西田に対する暴行事件についての判断を遺脱したものとみるのは相当ではなく、ただ認定した事実に対する法令(ただしこの場合公訴事実の記載自体において、被告人は服部らと共に西田らに対しこもごも暴行を加えたとして数人共同による暴行の事実を掲げているので西田に対する所為についてはその罪名として暴力行為等処罰ニ関スル法律違反、罰条として同法一条(刑法二〇八条)と記載すべきであるのに罪名を暴行、罰条を刑法二〇八条とした起訴状には罪名罰条の記載に誤りがあり、しかも証拠上も右公訴事実と同一の原判示共同暴行の事実が肯認されるから適用すべき法条も暴力行為等処罰ニ関スル法律一条(刑法二〇八条)を示すべきである)の適用を遺脱した場合、すなわち刑事訴訟法三八〇条にいわゆる法令適用を誤つた違法があるものといわなければならない。しかしながら被告人には右共同暴行以外にも四個の傷害の罪のほか監禁、恐喝、兇器準備集合、外国人登録法違反の各罪があり、これらを刑法四五条前段の併合罪として、結局最も重い傷害もしくは恐喝の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で処断さるべきものであり、その処断刑にかわりはないから、右法令適用の誤りは明らかに判決に影響を及ぼすものではない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三(量刑不当の主張)について。

論旨は、原判決の量刑不当を主張し、被告人に対し保護観察付きで刑の執行を猶予されたいというのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するのに、本件各犯行の罪質、動機、態様、とりわけ被害者中出照次に対する傷害、監禁の各行為は、同人が被告人に前売入場券の売り捌きや出資金の回収を依頼しながら事の実態を曖昧にしたり不手際をしたりしたことに端を発したものであるとはいいながら配下の組員を糾合し共同して一方的に加えた執拗残酷な犯行であり、また松山国一外三名に対する傷害、共同暴行の各行為も些細なことに言いがかりをつけ前同様配下の組員らを呼び集め一方的に加えた犯行でありその他宮田文夫に対する恐喝行為も含めいずれも暴力団組員特有の悪質な犯行というべく、その犯情を軽視することができないから原判決時を基準として考える限り被告人に対し懲役二年八月を科した原判決の刑が不当に重いとは考えられない。

しかしながら当審における事実取調の結果によれば、原判決後被告人において各被害者に対し総額一四八万円を超える損害賠償金を支払つて陳謝の意を示し、うち二名から被告人のため寛大な処分を求める旨の嘆願書が提出されている事実が認められるので、この点を斟酌すると刑の執行を猶予すべき事案ではないが、原判決の刑をそのまま維持することは酷に失するものと認められる。

よつて刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄したうえ同法四〇〇条但書によりさらに判決することとし、原判決の認定した事実に原判示の各法条(但し原判示第三の西田秀雄に対する所為につき暴力行為等処罰ニ関スル法律一条(刑法二〇八条)罰金等臨時措置法三条一項二号を適用し、所定刑中懲役刑を選択する。なお、この点については特に罰条の変更を要しないものと解する。)を適用し、主文のとおり判決する。

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